最高裁判所第一小法廷 昭和54年(あ)1451号 決定 1980年10月31日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人柴山圭二、同近藤彰子の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。
所論にかんがみ職権をもつて判断するに、地方税法一一九条二項は同条一項所定の特別徴収義務者の義務を定めた規定であり、同法一二二条一項は右の義務に違反した特別徴収義務者を処罰する規定であるが、同条四項には、「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者がその法人又は人の業務に関して第一項又は第二項の違反行為をした場合においては、その行為者を罰する外、その法人又は人に対し、本条の罰金刑を科する。」と定められている。ここに「その行為者を罰する外」とあるのは、代表者・従業者等が法人又は人の業務に関して同条一項又は二項の違反行為に該当する行為をした場合には、同人らに当該規定による犯罪が成立し、同人らを処罰する趣旨と解すべきである(当裁判所昭和三三年(あ)第一五一二号同三四年六月四日第一小法廷決定・刑集一三巻六号八五一頁参照)。本件についてこれをみれば、被告人は、料理飲食等消費税の特別徴収義務者であつた旭日産業株式会社の代表取締役として、同会社の業務に関し、同税にかかる納入金を東京都に納入しなかつたのであるから、みずからは特別徴収義務者ではないけれども、同条一項の罪の行為者として同条四項及び一項により処罰されるというべきである。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(団藤重光 藤崎萬里 本山亨 中村治朗 谷口正孝)
弁護人柴山圭二、同近藤彰子の上告趣意
原判決は最高裁判所の判例と相反する判断をしているので破棄さるべきである。
一、即ち、第一審判決は、「被告人は料理飲食等消費税(以下料飲税と略称する)の特別徴収義務者たる旭日産業株式会社(以下単に旭日産業という)の業務に関し、料飲税の納入をしなかつたいわゆる行為者にあたる。」として、原判示罪となるべき事実を認定し、これに対し地方税法一二二条一項、四項を適用した。
これに対し、被告人は「同条一項はもつぱら特別徴収義務者に対する罰則規定であるところ、東京都においては、同法一一九条一項に従い、東京都都税条例五四条一項で、料理店等の経営者を特別徴収義務者と定めているので、本件の場合、特別徴収義務者は原判示キャバレーの経営主体である旭日産業ということになり、被告人は特別徴収義務者にはあたらない。したがつて被告人を地方税法一二二条一項によつて処罰することはできないはずである。」として控訴した。
原判決は、「同法に定められた料飲税の徴収確保の必要性に鑑みれば同条(一二二条)四項所定の法人の代表者又は法人若くは人の従業者が、法人又は人の業務に関し同法一二二条一項に該当する行為をした場合には同条四項の前記引用の規定によつて処罰されることになるものと解すべきである。」従つて「被告人は料飲税の特別徴収義務者たる旭日産業の業務に関し、料飲税を納入しなかつたいわゆる行為者にあたるとの認定に立つて、これに対し地方税法一二二条一項、四項を適用した原判決(第一審判決)の法令の適用は正当である。」と判示する。
二、しかしながら最高裁判所判決(最判昭二八・八・一八刑集七・八・一七一九)は、本件同様地方税法不納付罪(旧地方税法)に関し、「しかし、同法一三六条二項の罪の主体となり得る者は、同法三六条にいわゆる特別徴収義務者たる身分を有する者だけであつて、かような身分を有しない者は右特別徴収義務者と共犯関係にない限り、同条の主体となり得ないのである。(昭和二五年(れ)第七六六号、同二六年三月一五日第一小法廷判決=集五巻四号五三五頁以下参照)また同法一三九条には行為者を罰する外と規定されているけれども、その一事を以て本来特別徴収義務者の如き税法上の義務(同法三六条、三七条、一二五条、一二六条参照)を負担していない行為者を同法一三六条二項の罪に問擬することのできないことは勿論であると共に同法一三九条は行為者の所為が同条所定の犯罪の構成要件に該当することを前提とした規定であると解すべきことは同条の文理に徴しても極めて明かである」として、「原判決にはその理由にくいちがいがあるか、または法律の解釈適用を誤つたものといわなければならない。そして右の違法は原判決に影響を及ぼすこと明かであつて、且つこれを破棄しなければ著るしく正義に反するものと認められるから、刑訴四一一条一号に則り原判決を破棄するのを相当とする」としているのである。
原判決は右の最高裁判所の判例と相反する判断をしているので破棄は免れないと思料する。
三、ところで、従業員等事実行為者の処罰と両罰規定との関係については、行為者は直接各本条の違反行為者として処罰されるのか、或いは、両罰規定に「行為者を罰する外」と規定されることにより始めて処罰されるのかという問題がある。これについて行為者も法規遵守の義務者であつて両罰規定をまたずして各本条により処罰されるとする思想と、行為者は各本条により直接にではなく両罰規定により始めて処罰されるとする思想が対立しており、更に場合を分けて各本条が一般人を犯罪主体として規定している場合は行為者は直接各本条の違反行為者として処罰され、各本条が一定の身分を必要としているときは両罰規定により創設された新しい構成要件によつて始めて処罰されるとするものもある。(いわゆる構成要件修正説)
これらに対し両罰規定は各本条の違反行為の主体として法人の代表者、法人又は人の使用人その他の従業者が含まれていることを示した解釈規定であると考えられるような説もある。
原判決が引用した昭和三〇年一〇月一八日第一小法廷判決は古物営業法一六条に規定する古物商は古物商の従業員を含むとしたもので解釈規定説の立場に立つものと言えるが、これに対し同様引用の昭和三四年六月四日第三小法廷判決は、原判決と同じく構成要件修正説の立場に立つものであろう。この判決が「鉱山事業における危害防止、安全確保の重要性に鑑み」と云うのを原審判決が「料飲税の徴収確保の必要性に鑑み」と置き換えたに過ぎないのである。
しかし乍ら、特別徴収義務者のみが処罰される地方税法第一二二条一項において特別徴収義務者を解釈するに当り従業者その他の行為者が含まれるとするのは罪刑法定主義の原則を侵すものであるし、況して行政目的達成確保の見地から法律解釈を歪めることは許されないと考えるのである。
両罰規定の法意は「他人の行為による刑事責任」を明文化しただけであつて、法律解釈を左右する程、或は犯罪構成要件を修正する程重大な意味があるとは到底考えられない。
尤も、両罰規定において「行為者を罰する他」とある以上、法の趣旨は行為者を罰しようとすることにあることは理解できないでもない。しかし乍ら法が犯罪の構成要件を定めなかつた以上、これは法の不備と考える他はないであろう。
原判決は、結局、法律の不備を理屈によつて補わんとしたものに過ぎないと考えられるので、最高裁判所の御判断を仰ぐ次第である。